
中村正義 大正13年-昭和52年 愛知県生まれ
『妓女』 昭和37年作 日本芸術院蔵
年功序列のきびしい展覧会にあって、36歳の若さで日展審査員にあげられました。しかし翌年、既存の画壇の中では自身の絵が自由に描けないことを悟り、日展を脱退してしまいます。
それ以後は日本画のタブーに挑戦し、従来の日本画の伝統にとらわれない奔放なフォルムと激しい原色の作品を多く描きました。日本画の新局面を切り開いた作家として評価されています。
“男の愛玩物として育てられる舞妓は日本の文化などではない”と、肝を抜くようなグロテスクな舞妓像を描き続けました。